歴史

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日光御成道6 沿道の名所続

 鎌倉時代の、奥州につながる幹線道路鎌倉街道中道が日光御成道の前身。家康は会津の上杉を攻めようとこの道を北上していた時に光成の挙兵を知り、引き返して関ヶ原の戦いで勝利。そうした縁起の良さから、家康死後
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日光御成道⑤ 沿道の名所

 家康の命日に合わせて行われた日光東照宮への社参。その社参に使われた日光御成道は、中世の鎌倉道のひとつでもあったと考えられている。当コーナーは、御成道沿道の紹介を続ける。 江戸城を出立した行列は、川口
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日光御成道④ 由緒ある寺社

 久能山に遷されていた家康の遺骸は、遺言により翌年に日光東照宮に祀られた。その後、家康の命日に合わせて将軍は、日光東照宮に社参した。社参に使われた道を御成道といい、周辺には古刹や由緒ある社がある。 荒
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川口 本通りの歴史

 徳川将軍が日光東照宮の先祖の霊廟にお参りする往復路に利用した、日光御成道。現在の本一通りが、その御成道の重要な役目を果たした地であり、重要な人物も生み、本一通りが走る本町1丁目界隈にはたくさんの“初
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日光御成道

 日光御成道(以後御成道)は、江戸時代に五街道と同様整備された脇往還のひとつで、江戸日本橋を起点に中山道の本郷追分で分かれ、岩淵宿、川口宿、鳩ケ谷宿、大門宿、岩槻宿を経て幸手宿手前の幸手追分・上高野で
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芝川に泳ぐ鯉のぼり

 水辺空間をつくり、親しみをこめて呼ぶ芝川。市内を南北に貫いて流れ、やがて荒川に合流します。かつての芝川は、魚を捕ったり水遊びをしたりと人々の暮らしに息づき、さらには、川沿いに商店がならんでいたほどに
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川口市を流れる芝川

 川口市を流れる芝川。上流はさいたま市との市境だが、そこはかつては広大な沼地だった。1600年代、赤山に陣屋を築いた関東郡代伊奈忠治により、その沼地は大きく変貌する。治水事業に長けた忠治は、沼地を大灌
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思い出の川口―くらし・風景・遊びー

 「思い出の川口―くらし・風景・遊び―」が3月11日まで、川口市立文化財センター分館・郷土資料館(川口市鳩ヶ谷本町2の1の22)で開催中です。 今回の企画展では、今では使われなくなった道具を紹介。また