見沼代用水東縁と通船堀の連結点の縁に、こんもりとした森がある。‘ふじやま’‘木曽呂浅間’などと呼ばれた木曽呂の富士塚だ。建立は今から200年以上も前。当時江戸で流行していた富士山信仰の一派、丸参講の信者によって誰もが富士山を登山したのと同じ御利益が得られるようにと、富士山を模した塚を築造。

多々ある富士塚の内、木曽呂の富士塚は埼玉県内ではもっとも古いと言われており、国指定重要民俗文化財。案内板によると、塚全体は盛り土で高さ5.4㍍、直径は20㍍。頂上はお鉢巡りができるよう火口が掘られています。

さらに木曽呂の富士塚には、胎内くぐりができるよう塚を貫く穴も掘られました。今は胎内くぐりこそできませんが、その穴からしても当時の賑わい振りが連想できます。

まずは鳥居をくぐり、石仏や地蔵尊像、富士登山碑などの造営物に手を合わせ、一歩ずつゆっくり登りましょう。200年余を経た現在は、周辺の樹木は十分すぎるほどに生育し、木曽呂富士塚は森と化していますが、庶民の信仰を知る上では最も貴重な存在。状態良く、次代へつなげなくてはと実感します。

さて、頂上を一周したら下山しましょう。麓には「梓」の樹が少しずつ成長続けます。皇太子様御手植えの樹だそうで、心が和みます。

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