旧鳩ケ谷市を通って奥州へ向かう道・鎌倉街道中道。1600年、徳川家康は会津の上杉を攻める目的でこの道を北上。小山に着いた家康はほどなく石田三成の挙兵を知り、同じ道を引き返して関ケ原の戦いで勝利して江戸幕府を開く。将軍家は、縁起の良い道としてこの道を整備し、家康を祀る日光東照宮への参拝に使用した

旧鳩ケ谷市を通って奥州へ向かう道・鎌倉街道中道。1600年、徳川家康は会津の上杉を攻める目的でこの道を北上。小山に着いた家康はほどなく石田三成の挙兵を知り、同じ道を引き返して関ケ原の戦いで勝利して江戸幕府を開く。将軍家は、縁起の良い道としてこの道を整備し、家康を祀る日光東照宮への参拝に使用した。

御成道にできた鳩ケ谷宿は、商業や文化の中心地として栄えた。特に、江戸時代に始まった「三八市」には、周辺地域の生産品が一堂に集まり、界隈一の賑わいを誇った。その鳩ヶ谷を有名にしたのが二人の人物、不二道を説く小谷三志と彫刻家の大熊氏広だ。大熊氏広は明治後半から昭和初期にかけて作品を生み、靖国神社の大村益次郎像、国立博物館のライオン像、明治時代に子女の教育や慈善活動に尽力した瓜生岩子の像(台東区浅草寺公園)ほか著名なものばかりだ。

さて、御成道を北に進むと地下鉄「新井宿駅」がある。駅が設置されて人通りが活発になった地だが、なぜか穏やかで落ち着いた雰囲気さえ感じる。

地域には、新井宿氷川神社や子日神社、宝蔵寺などが建つ寺町風な一角もあり、茅葺の民家も残る。近年、新井宿駅周辺と神根地域の特色の緑・花・農・歴史・自然環境等いかした、「新井宿駅と地域まちづくり協議会」ができ、農家をめぐる野菜の収穫体験や駅周辺のイベントや、情報紙やマップの発行などで地域の活性化に取り組んでいる。

 

 

 

 

 

(Visited 20 times, 1 visits today)
1