江戸時代、城を出た将軍一行は本郷追分で中山道を外れて御成道を進む。荒川を渡り川口宿で昼食時間になり、お腹を満たした後鳩ヶ谷宿、新井宿へと進む。将軍吉宗が休憩したといわれる真乗院を過ぎ、緩やかなカーブを描く御成道。先の新町交差点を右に折れると妙延寺がある。境内には苔むした桜の大木が10本ほど。ほどなく訪れる桜の季節が楽しみのこの寺は、別名女郎仏と呼ばれる。

一里塚ポケットパーク

由来について様々な言い伝えがある。なかでも、地域に住む方が書き残したといういわれるものがある。「1790年頃、村役人が官林の見回りに行ったところ、女性のすすり泣きに気づき辺りを探す。と、年の頃17、18歳の女性が病に倒れ苦しんでいた。事情を尋ねても息も絶え絶えの重篤で、手掛かりとなる所持品さえもない。どこの者ともわからないために、村役人は仮小屋を作って手当てをしたが、5日後に息を引き取る。村役人は、哀れに思いこの女性を手厚く葬った。亡くなった女性はあまりに美しく可憐で気品さえ持ち合わせたことから、もしや女郎だったのでは…」。

新町交差点に戻って、再び御成道を北に進もう。右手に一里塚ポケットパークがある。江戸からの距離の基点であり、黒松など植えた小さな公園としてサイクリングやウォーキング等楽しむ人々の休憩地となる。さらに進み、戸塚支所西交差点付近に差し掛かると、鉄塔や電線等がにぎやかになりまさに国道の雰囲気となる。

 

 

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