日本のラジオ放送は、大正14年に㈳東京放送局(後のNHK)が開始した。仮放送所だった芝浦からのスタートで、本放送はその4カ月後。新しく作った愛宕山局舎(NHK)から1.5キロワットの電力で放送が始まった。

ほどなく、電波感度の強化や、広範囲へ放送するために放送中継地が必要となり、我が街川口市赤井に移転が決まり、昭和3年新郷放送所が開局した。当時は東京中央放送局新郷放送所と呼び、ここからの電波は、関東一円どころか静岡や山梨にまでも届いたそうだ。 赤井からの放送が始まって3年が過ぎた頃に、日本海側から‛怪放送‘の噂さが流れた。夜になるとラジオから中国音楽が聞こえるというもので、噂の原因が当時南京に開局した大電力放送と分かるなり、日本での大電力化が強く求められた。ほどなく、NHKの第三次拡張基本計画に出力150キロワットの大電力放送の建設が盛り込まれ、建設地に再び川口が選ばれた。

大工事の末、昭和12年に開局した大電力施設の場所は、田園地帯の上青木地区46000坪。NHK川口放送所と命名され、敷地には北塔と南塔からなる高さが312.78メートルもの2基の鉄塔が建てられた。南塔には高所気象観測台が設けられ、内部にはエレベーターまで設置していたという。その鉄塔は、昭和33年に東京タワー(333m)が竣工されるまでは、国内では一番の高さを誇っていた。高さではもう一つ誇ることがあり、一般高層建物としても当時世界第3位だったそうだ。 仮の放送が始まったときはわずか220ワット。その4ヵ月後の愛宕山からの本放送は1キロワットになったが、赤井の新郷放送所からは10キロワット、その後の上青木では一気に150キロワットと増力され、大電力といわれる10キロワットを超す放送はすべて川口から送られていた。

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