♪緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ…♪愛車で突っ走る高原、芽吹いたばかりの新緑のカラ松林の心地良いこと!いえいえ、妄想です。自粛の日々が続くと、遠出したいあまりにこうした妄想が頭を擡げるのです。 

妄想は止めにし、恐るべし感染症を調べると、古代より何度も襲ってきたといい、古文書にも残る。感染症を文明の歴史から学ぶことで、色々な知恵が出るかもしれない。

市内の街道沿いまたは通りを入った道端に今も残るものがある。仏教とも違う純朴な信仰の対象に造られた石仏だ。善を施すことで後の世の幸せを願い、病の治癒や農を祈ったりもした。地蔵菩薩や馬頭観音、地神塔など種類も形も様々。かつての集落の境などに存在することが多いそれら石仏は、村や講などが次世代に祀りをつないできた民間信仰の大切な資料だ。

石仏は市内にはたくさんある。中でも江戸時代から広まっていったと思われる庚申塔には、人の体内に棲む三戸(さんし)という虫の説がある。60日毎に巡ってくる庚申の夜に、眠ると三戸が身体から抜け出して、その人の悪行を天の神に悪口として告げる。三戸から聞いた天の神が、眠った人を早死にさせるというもので、寿命が縮まることを恐れた人々は、庚申の夜は決めておいた家に集まって夜を徹してお日待ちをしたそうである。

そうした庚申の日は、一抹の不安を抱えながらも、暮らしのことや人生について老若男女が夜通し語り明かす楽しみの日でもある。そんな日が年間6回も開かれると互いの絆が生まれる。やがて誰ともなく、金銭を出し合う話が切り出される。金の使用目的は、造ることでご利益があると考えられていた庚申塔の造立だ。三猿、青面金剛、文字のみを彫った墓石スタイルなど形こそ様々だが、いつしか各地に造られていく。眼病など病気の平癒や豊作などを祈願したその庚申塔、ムラや講などの庶民の魂で増え、支えていったと考えられる。

三猿を掘った青面金剛
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