川口市のおよそ7割が低地であり、かつては稲作を中心とする穀蔵地帯。基盤の稲作は、市内を流れる幹線水路からの引水による幾条もの用排水を設け、灌漑や治水が盛んに行われた。前号で紹介した菖蒲川と緑川も、沿川は水稲栽培が盛んに行われた。

広場から望む三領水門。水門には、七色の虹と県のシンボルのシラコバトが描かれている。西中学校の生徒が制作。

その菖蒲川と緑川との合流地点から約500㍍先に、荒川との出会いが待つ。荒川との合流は、市内ではもっとも大きな川の出会いであり、関所のごとそびえ立つ三領水門を経た後に本流に注ぐ。

その水門は、かつて「赤水門」と呼ばれ、荒川の逆流防止と菖蒲川の安全な流れを目的に作られたものだ。後に地盤沈下や老朽化が進んだために、29年前に「三領水門」と呼ぶ新しい水門が同じ位置に完成した。

しっかりと役目を果たした赤水門時代の名残は、三領水門脇の土手を降りた先にある三領水門メモリアルパークに確認できる。園内には、当時の水門をかたどったモニュメントステージが出来ており、旧水門の基礎杭として使用された金森式杭や、旧水門の銘版、水門本体の一部がある。当初の水門は煉瓦に鉄筋を混ぜる工法で作られ、別名「赤水門」と呼ばれたが、その鉄筋煉瓦コンクリートは当時著名だった金森氏が考案。水門の銘版には、‘水をよく利用し国家のためになるように’と書かれた「利水報国」とある。

同パークには、四季の広場、新水門展望広場などもあり、憩いの広場では老若男女が思い思いの遊びや運動を楽しむ姿がある。

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